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「あったものをなかったものにできない。」からもらった勇気

前川前文部科学省事務次官が、加計学園をめぐる文書で記者会見をされた。

様々な憶測が流れていて、何が真実か見えづらい。

実は、前川氏は、文部科学省をお辞めになった後、私が運営するNPO法人キッズドアで、低所得の子どもたちのためにボランティアをしてくださっていた。素性を明かさずに、一般の学生や社会人と同じようにHPからボランティア説明会に申し込み、その後ボランティア活動にも参加してくださっていた。

私は現場のスタッフから「この方はもしかしたら、前文部科学省事務次官ではないか」という報告は受けていたが、私が多忙で時間が合わず、また特になんのご連絡もなくご参加されるということは、特別扱いを好まない方なのだろう、という推測の元、私自身は実はまだ一度も直接現場でお目にかかったことがない。

担当スタッフに聞くと、説明会や研修でも非常に熱心な態度で、ボランティア活動でも生徒たちに一生懸命に教えてくださっているそうだ。

「登録しているボランティアの中で唯一、2017年度全ての学習会に参加すると○をつけてくださっていて、本当に頼りになるいい人です。」

と、担当スタッフは今回の騒動を大変心配している。年間20回の活動に必ず参加すると意思表明し、実際に現場に足を運ぶことは、生半可な思いではできない。

今回の騒動で「ご迷惑をおかけするから、しばらく伺えなくなります」とわざわざご連絡くださるような誠実な方であることは間違いがない。

なんで、前川氏が記者会見をされたのか?

今、改めて1時間あまりの会見を全て見ながら、そして私が集められる様々な情報を重ねて考えてみた。

これは、私の推察であり、希望なのかもしれないが、彼は、日本という国の教育を司る省庁のトップを経験した者として、正しい大人のあるべき姿を見せてくれたのではないだろうか?

私は今の日本の最大の教育課題は「教育長や校長先生が(保身のために)嘘をつく」ことだと思う。

いじめられて自殺をしている子どもがいるのに、

「いじめはなかった」とか

「いじめかそうでないかをしっかりと調査し」

などと、校長先生や教育長が記者会見でいう。

「嘘をついてはいけません。」と教えている人が、目の前で子どもが死んでいるというこれ以上ひどいことはないという状況で、明らかな嘘をつく。

こんな姿をみて、子どもが学校の先生の言うことを信じられるわけがない。

なぜか学校の先生には、都合の悪いことが見えなくなる。周りの生徒が「いじめられていた。」と言っているのに「いじめ」ではなく、「友達とトラブルがあった」とか、「おごりおごられの関係」になったりする。

それは今回の、あるはずの文書が「調査をしてみたが、見つからなかった。」であり、「これで調査は十分なので、これ以上はしない。」という構図とよく似ている。

自分たちの都合のいいように、事実を捻じ曲げる。

大人は嘘をつく。

自分を守るためには、嘘をついてもいい。正直者はバカを見る。

子どもの頃から、こんなことを見せられて、「正義」や「勇気」のタネを持った日本の子どもたちは本当に、本当にがっかりしている。何を信じればいいのか、本当にわからない。

小さなうちから、本音と建前を使い分け、空気を読むことに神経を尖らせなければならない社会を作っているのは、私たち大人だ。

「あったものをなかったものにできない。」

前川氏が、自分には何の得もなく逆に大きなリスクがあり、さらに自分の家族やお世話になった大臣や副大臣文部科学省の後輩たちに迷惑をかけると分かった上で、それでもこの記者会見をしたのは、

「正義はある」

ということを、子どもたちに見せたかったのではないだろうか?

「あったものをなかったものにはできない。」

そうなんだ、嘘をつかなくていいんだ、正しいものは正しいと、間違っているものは間違っていると、多くの人を敵に回しても、自分の意見をはっきりと言っていいんだ。

子どもたちとって、これほど心強いことはない。

「正義」や「勇気」のタネを自分の心に蒔いて、しっかりと育てていいんだ。

どれほど心強いだろう。

今回の記者会見は、前川氏にとっては、何の得もないが、我々日本国民には非常に重要な情報である。報道によれば、くだんの大学のために、37億円の土地を今治市から無償譲渡し、96億円の補助金加計学園に渡る計画だという。

もし、大学が開学すれば、さらに毎年国の補助金が渡ることになる。

96億円の補助金とはどれぐらいの額だろうか?

昨年、私たちを始め多くの団体やたくさんの方々の署名によって実現した給付型奨学金の年度予算は210億円だ。一人当たりの給付額も少ないし、人数もとても希望者をカバーできるものではない。なぜ、こんなに少ないのか?というと、「国にお金がないから」という。

お金がないのに96億円、土地も合わせれば136億円もの税金を投じて、新たに逼迫したニーズを見られない獣医学部を作るお金を、給付型奨学金に回したほうがいいのではないだろうか?

前川氏の記者会見は、このような税金の使い道について、もう一度国民がしっかりと考える機会を作ってくれた。

今、憲法改正による教育無償化がにわかに浮上している。私は教育無償化に賛成だ。いや、賛成だった。

しかし、大学の設置や補助金に信頼性が置けない現状では、憲法を改正してまで教育無償化を急ぐことに、大きな疑念が生じている。

結局、あまり市場ニーズのない、教育力のない大学等に、「子どものため」と言って税金がジャブジャブと投入され、子どもは質の良い教育を受けられない状況は変わらずに、一部の人だけが豊かになる。

そんな構図が描かれているとしたら、恐ろしいことだ。

これが事実かどうかは、わからない。しかし、そんなことを考えさせてくれる。

記者会見は、前川氏や彼の家族にとってはいいことは何もないが、本当は必要のない大学に多額の税金が使われるという、大きな損失を防ぐかもしれない。そのために、彼は勇気を出し正義を語ったのではないだろうか?

「あったものをなかったものにはできない。」

何が真実なのか、私たちはしっかりとこれからも探求していかなければならない。

今後、どのように動くのか全くわからないが、私たちは、文部科学省というこの国の教育を司る省庁のトップに、強い正義感と真の勇気を持った素晴らしい人物を据える国であり、時に身を呈して、国民のためにたった一人でも行動を起こす、そんな人が政府の中枢にいる国だということは間違いない。

投稿者 yumikowatanabe投稿日: 2017年5月27日カテゴリー いじめ・自殺, 政策, 教育財政

2007年5月27日

2007年5月27日

仕事をしていると友人からメールが

坂井泉水が亡くなったと

なぜ?

驚いた

そして、彼女の病気、闘病の話を知り

ますます驚いた

そしてとてもショックだった

あれから10年たつ

たったんだなぁ

赤い果実をみたら、私のことを思い出してください

つぶやきでは字数が足りないそんな時w

日記にする程の事でもないんだけどねww

今日早番で本来5:00起床の予定が3:30に目が覚める→今寝たら5:00に起きれない自信がある→寝ちゃダメだ→面白いアニメもやってない→愛犬すら寝てる→どうしよう。。。→「あ、そうだ!ドライブ。。。」も中途半端な時間。。→近くのドンキーもぼちぼち閉店→TSUTAYAもやってない→カラオケもいつも行ってる所は3:00閉店→YouTube見る人間が増える理由を改めて理解する→いまここwww

だからなんだよ!って感じw

皆はこんな時どうするんだろう?

詩でも書く?

こんな時用に映画用意する?

ゲームする?

5:00に帰って来れない危険をおかしてまで外に行く?

コンビニで材料買って何か作る?

いっそ仕事休む?w

んー、自分の体調管理も出来ないなんて、私もまだまだヒヨッコですw

杉並三駅問題というのがあるのだが

これも杉並区内にある、

西荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺駅周辺のエゴ住人が快速電車通過反対とゴネたから、

平日の快速電車は停車せざるを得なくなってしまった

■学校建設反対運動に中止命令=「妨害禁止」仮処分認める―東京地裁

(時事通信社 - 05月26日 20:00)

今度こそカール4世に想いを馳せる〜ひさと旅行記中欧編〜

今朝目が覚める直前、どうやら訳の分からない夢を見ていたらしく、詳しい内容はさっぱり覚えていないんですけど、心の底から「バーカっ!!!!」と叫んでいたことだけ覚えています。夢の中で一体何と対峙していたんだ自分。

そして目が覚めてまだ夢現の区別がついていない時に「カール これしかなかった結論」という記事タイトルを見て、本気でカール4世かカール5世が何かやったのかと思った自分は相当西洋史に脳内を侵食されているようです。

(ちなみに、ひさとはカールのチーズ味の臭いが強いのが苦手で、少なくとも15年は食べていません。でもやっぱ国民的スナックがこういった結末になるのは寂しいものです。京都だからこれからも販売あるんだけども)

という訳でようやく破れたシーツを買い替えたひさとです。

破れたのが敷布団のシーツで、一緒に掛け布団用から枕カバーまで全部柄を揃えようと買い替えたんですけど、掛け布団をかぶせた時はいいんだけど、これからの季節、掛け布団無しになっちゃうので、かなりドギツい感じになってしまいました。敷布団シーツ、紫やし。

あと、枕も買い換えました。

今までは羽毛の枕だったんですけど、10年以上使っているうちに羽が突き抜けてくるようになってしまった上に、なんか潰れて座布団みたいになっちゃったので。

今度は高反発枕にしてみました。ひさと、枕はちょっと高めくらいが好み。

      ※     ※     ※

(こっから旅行記の続き)

さて、聖イジー教会を出て少し北に行くと、黄金小路が見えてきます。

10年前は、確かこの入り口付近で「あちらが黄金小路。青い家がフランツ・カフカの住んでいた家です」と説明を受けてそのまま通過、登城道を下った記憶。

でもあの時はそれで充分だったし、登城道からの「百塔の街」の景色に感動したから別に良かったんですけどね。

黄金小路のすぐ手前には駅の自動改札機みたいなゲートがあり、そこにチケットをかざすと通過できます。黄金小路を見学できるのはチケットを購入した人だけです。

すぐ見えてくる青い壁の家は『変身』で有名なフランツ・カフカが半年ほど住んでいたという家。ただ、ひさと、カフカ作品は一つも読んだことが無く、なんか興味も湧かないので別に…という感じ。そういや10年前も、「朝起きて自分が虫になってるって、なんだかねえ」と思った記憶。

そもそも黄金小路はカフカの生きた時代よりもずっと前、1597年にできたものだそうで、元々は城に使える召使などが住んでいたそうです。そのうち、錬金術師が住むようになり、この名前になったとか。

錬金術師が住むようになったのって、皇帝ルドルフ2世の時代でしょうか。この人についてはあんまり知らないんですよね。弟のマティアスと熾烈な兄弟喧嘩したんだっけ?

ここにある小さな家々は一階部分が土産物屋になってるようでしたが、二階部分は中世の武具を展示しています。

とりあえず上がって見学してみましたが、最初のうちは「お、チェーンアーマーだ。…不気味だな…」とか「この王冠付きのやつはどこぞ身分のある人の鎧かね」とかおもってたんですけど、そのうち「たくさんあり過ぎてよくわからん」となってしまい、さらーっとしか見てません。一介の騎士の物とかが大半で、ひさとでも知ってるようなビッグネームが使用したとかいうものが無かったからかもしれません。

さて、その次はダリボルカ。

火薬塔みたいな塔だなと思って入ってみたら、中には檻とか手錠とか、拷問器具の数々が登場。

ここは中世には牢獄として使われていたそうで、拷問器具が展示されていたのはそのため。でもこの拷問器具、その気になれば触れそうだったし、レプリカですかね。

そうそう、拷問器具といえば、前の店の若い男の子で、一人で中世の拷問器具展を観に行ったとひさとに打ち明けてくれたステキなご趣味をお持ちの方がいたんですが、これを見て真っ先に彼を思い出してしまいました。(帰国後、店に買い物に行った時に彼に会ったので、「プラハに拷問部屋あったよ!」と報告しておきました。「僕は『そういったご趣味』のキャラで定着してしまったんですか…」と謙遜してましたが)

でも、「この器具、どうやって人間に装着するんだ」としみじみ考察するあたり、ひさとももしかしたら『そういったご趣味』を持ってるのかもしれませんが。

でもこういうのを見てると、ひさと、カール四世とかルドルフ四世とかフェルディナント一世とかが好きですけど、彼らはこういった拷問とか非人道的なことを「当然の権利ないしは責務」として実行していた立場なんだよなあと思わされます。

どんな名君であっても、この時代に生きた支配階級の人間なら、現代の倫理観では非難されるべき行為を平気でやってたんですよね。

ひさとは「支配階級の人々の歴史」が好きなんですけど、彼らにもこういった一面があるということを思い出させてくれたダリボルカでした。

当初の予定ではダリボルカを出たあたりでタイムオーバーかなと思っていたんですが、この時点で、まだ多くの施設が閉まる17時には余裕があったので、コースAのチケットで入れるロジュンベルク宮殿へ。

この宮殿は1545年にロジュンベルク家によって建てられたルネサンス様式の宮殿で、18世紀にはマリア・テレジアによって設立された未婚女性の貴族を保護し教育するための館として用いられたんだそうです(『地球の歩き方』より)。

16世紀の建築といっても、綺麗に外壁や内部もリノベーションされていて、見た目にはそんなに古そうには見えません。

内部は主に美術館というか、博物館みたいになっていて、大まかにプラハの歴史が辿れるようになっています。

ここで目を引いたのはやっぱりカール4世。

カール4世像ってどれも目がぱっちりとしていて、ちょっと特徴的な口元をしているんですけど、そのよく見るカール4世像の着色バージョンをいきなり発見。

色の薄れ具合が「中世っぽい…!」と思ったんですけど、ここの展示物はパネルだったりレプリカだったりが多かったので、当時のものかどうかは不明です。

それでも発見時は「おおカール…!(そうだよな、チェコ国民としては最盛期を創出したアンタを推すに決まってるよな)」とちょっと感激。なんせ数十分前までひさと脳内ではフェルディナントに取って代わられてたんだから。

このほかにも、ひさとがカール4世について調べているときに目にした、数々の彼が描かれた絵画の「パネル」(そう、本物じゃなくてパネル…)がたくさん展示されていました。

キリストを息子のヴェンツェルと一緒に囲む形で描かれたカールは敬虔かつ謙虚さを感じさせる表情なのに、后のアンナ・シフィドニツカと二人で十字架を掲げる構図で描かれたカールは若い嫁に鼻の下を伸ばすエロオヤジにしか見えないという…。絵師よ、もっといい感じに描けなかったのかい…。ていうかこれでゴーサインだしたのね、カール。

館内には礼拝堂もあり、なかなか見事な天井のフレスコ画を見せるために、でっかい鏡が置いてありました。なるほど、宮殿側としてはこのフレスコ画が一押し、ということのようです。でも上見上げたらそんな苦労せずとも見れるんだけどね、フレスコ画。

そしてここにも発見、聖ヴァーツラフの王冠。

もちろんここもレプリカ。

レプリカなんだけど、どこで見てもどこかおもちゃの王冠っぽいというか、ピカピカで宝石もでっかくごろっとしたのがついていて逆に安っぽさを感じてしまうんですけど、どこでみても同じようなレプリカってことは本物もこんな感じでおもちゃっぽいのかもしれません。ていうか本物どこにあるんだ。

この聖ヴァーツラフの王冠は、チェコ国内においてはチェコ王冠同盟だかそんな感じで(名前うろ覚え)、この王冠に忠誠を誓う形で国内貴族をまとめ上げたという、結構重要な代物なんですよね。このシステムを導入したのがカール4世。でも、発想自体は彼自身のものではなく、当時のフランスで行われていたものを参考にしたようです。カール、フランス育ちだもんね。

というか、カールって自意識では何人だったんでしょうかね。

「国民」という現代の概念が無い時代の人間に「アンタ何人?」と聞いてもしょうがないんですけど、母方はチェコ伝統の王族、父はルクセンブルク伯。祖父は神聖ローマ皇帝(ドイツ)で自らも皇帝になったカール。

生まれた時はチェコ伝統的な名前、ヴァーツラフという名前でしたが、7歳からはフランス宮廷で養育され、そこで当時のフランス王の名前を戴いて「シャルル(ドイツ語でカール、チェコ語でカレル)」と改名。14歳までフランスで過ごしているし、そもそもルクセンブルク伯はドイツ諸侯に数えられるものの、フランスとのつながりが強く、カールの父ヨハンも祖父ハインリヒ7世も私生活ではフランス語を話していたらしいし(なので彼らは自分たちのことはジャンであり、アンリであると認識していた可能性が高い)。

ドイツ諸侯でありながら親フランスの家系に生まれ、しかしチェコの王族。チェコの人に聞けば「チェコ人だよ」というだろうけど、フランス文化の影響が強い。でも中世ドイツ史で必ず名前が出てくるように、彼は神聖ローマ皇帝(ドイツ王)なわけで。

プラハを王都として扱ったとはいえ、実は皇帝在位期間中の実に3分の1しかプラハには滞在してなかったというし。

とはいえ、息子にしつこくヴェンツェル(ヴァーツラフ)と名付けてる辺り(一人目のヴェンツェルが夭折した後、次に生まれた息子にもヴェンツェルと名付けてる。このヴェンツェルが成長して後に皇帝になる)、ボヘミア王としての意識は強く持っていた、ってことなんでしょうかね。

【伊藤計劃以後とは何か?】>「悪ふざけ/本気」としてそれを実行する/せざるをえない、この社会そのものを相対化するプロジェクトであるのだと>

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共同通信でネット時評「ネット万... | 「モダニズムの絵画」

2014-03-23

伊藤計劃以後とは何か?CommentsAdd Star

 「伊藤計劃以後」に大変腹を立てているブログを見つけたので、いくらかの反論を書きたいと思います。

 ■伊藤計劃はキリストを超えた。わけあるか。くたばれ。

 http://anond.hatelabo.jp/20140308193257

 以下、引用。

彼の死後、同社より、関連書籍の刊行が相次いだ。 『伊藤計劃記録』をはじめとして、ブログ及び個人ページに書きためていた映画評、

同人雑誌への寄稿が次々と出版され、多くの読者たちの手に渡った。

『記録』の主な素材は短編小説のほか、彼のブログに重ねられた書き捨ての文章である。その時既に彼の文章は死者の書物として上書きされていた。

だが、それらの文はインターネット上といえ、確かに人に見せるために彼自身の手により発信されたものだ。公開できるものとして。自らの分身として。

豚はその皮を食い破り、腸を捕まえる。裂け目から沸きだした臓物の汁の一滴まで啜り続ける。 その餌を与えたのもやはり同じ、早川書房である。

文庫化を機にベストセラーとなった『虐殺器官』には、解説という名の追悼文が録されている。

近しい知人のみに公開されたSNS日記に連ねられた彼のことばが、共有される感動の実話として金を集めていく。

豚たちにとってそれは飲み込まれるのを待つだけのコンテンツ、喪失という名の欲望を満たすために在るただの肉でしかない。

彼の最大の不幸もまた同社との出会いであった。

伊藤計劃はこれからもコンテンツとして生き続ける。言及は絶えず続き、没後の節目を迎えるたびこのような商業作戦は行われ続けるだろう。

「彼の本が」ではない。「彼が」でもない。そこに掲げられるのはもはや彼ですらない、幻想としての伊藤計劃だ。

それは新刊をさばくための道具だ。士気を煽るための墓標だ。いつでも痛みを味わえる、簡単で都合のいい薄っぺらい擦り傷だ。

またはただの便利な、ブログやツイートの空白を「かんがえさせられましたにっき」で埋めるための装置だ。

彼らの漬かった沼を満たす泥は金だ。あるいは承認の欲望だ。

社会的であらねばならないこと。そのポージングが直結する意識下、無意識下のスタンドプレイ。同調圧力の強要。

彼が稚拙ともいえる比喩で、『ハーモニー』の作中、あからさまに批難したのはこのやさしさの窒息ではなかったか。

取り合う手と手に首を締められるその苦しさではなかったか。

虐殺器官』に描かれた偽りの平和主義の破壊に、お前は何も思うところは無いのか。

自分が何を読んだのか、何に心を動かされたのか、少しでも彼の書いたもののことを思うなら、WiFiの電波をオフにしてもう一度考えてほしい。

 趣旨の大半は理解できますし、一定の共感すら覚えます。しかし、そこまで分かっているなら、この、SNSや、商業を舞台に行われているこの「project」の本質(とぼくの思うもの)の理解まであと一歩なのではないのか、その「一歩」で、怒りは笑いに変わるのではないかと、お節介にもぼくは思ってしまいました。。

 伊藤計劃が皮肉を込めて描き、死後にまで作動する「悪ふざけ」のプログラムを残し、そして「悪ふざけ/本気」としてそれを実行する/せざるをえない、この社会そのものを相対化するプロジェクトであるのだと、ぼくは考えています。そこで必要なのは、きっと怒りではなく、(冷めた)笑いの共有なのではないかと思います。

 現代SF論集である『ポストヒューマニティーズ 伊藤計劃以後のSF』と題した論集を編んだ責任が、評論家としてのぼくにはあるかと思います。なので、ぼく自身が「伊藤計劃以後」ということについてどう考えているのか、ここにまとめて書き残しておきます。

(とはいえ、オタク大賞マンスリー「伊藤計劃以後を斬る」の会で口頭で喋った原稿なので、粗っぽい(単純化している)のはご容赦ください)

伊藤計劃の紹介

 1974年生まれ、

2006年、小松左京賞の最終選考に『虐殺器官』が残るが、小松左京が受賞に反対し、落選。そのとき同時に落選したのが、芥川賞作家の円城塔の『SELF-reference engine』。この後、二人の盟友関係が続く。

 2007年にこの二作が、ハヤカワSFシリーズ、Jコレクションから刊行された。

 で、これが、

SFが読みたい! 』1位、月刊プレイボーイミステリー大賞1位、日本SF大賞候補になった。

 新人では快挙。特に、プレイボーイで一位になったのが驚きだった。

・『虐殺器官』の内容

 世界各地で虐殺やテロが起きているけれども、その陰謀の首謀者を追うという冒険小説。「虐殺の言語」という、言葉を使って虐殺や紛争を引き起こすという言語SF的な側面が、冒険小説として斬新だった。

 人間に主体があるのかどうか、何かに操られていないかどうかというのが、伊藤の一貫したテーマだった。「痛覚マスキング」という、痛覚を遮断するガジェットが出てくる。現実を一歩遠くから見ているようなリアリティの感覚も、伊藤に特有。(ゲームや映画を継ぎ接ぎして作品を作るのだから、当然そういうリアリティの小説になる。しかし、その感覚が現実化しているのでは、とひっくり返したのが、巧みなところ)

 2008年には、『メタルギアソリッド4 ガンズオブザパトリオット』のノベライズを刊行。

小島監督との関係

 伊藤計劃は、元々、メタルギアソリッドシリーズで世界的に有名なゲームクリエイター小島秀夫のファンで、メタルギアの二次創作なども書いていた。内容的にも影響が強い。『虐殺器官』も元々は、小島の作品『スナッチャー』の二次創作だった。『虐殺器官』の冒頭の降下のシーンは、明らかに『メタルギアソリッド3』。デビュー前から交流があって、小島のところに伊藤は作品を送っていた。けれども、評価は低かった。小島秀夫が本作の文庫版の解説に書いているのだけれど、小島監督としては、伊藤の作品は、自分の影響圏から脱していないと思ったらしい。しかし、それが小説界、SF界で評価されたというのは不思議なところ。単純に、ゲームをする人と、本を読む人の分断というのがあるのかもしれない。

 その後、小島秀夫はハヤカワSFコンテストの審査員をしたり、SF小説にコミットしていく。

メタルギアソリッド』の内容は、ナノマシンで感情や行動を統制された未来社会を描く話。銃もID登録されていて、認可された人しか使えない。戦場はPMCと呼ばれる民間傭兵たちが「戦争経済」のために戦っていて、ロボット兵器が跋扈する。

 「愛国者」と呼ばれる集団の、情報統制と人間の管理から人は自由になれるのか? という、解放を目指す物語。これは『ハーモニー』のテーマにもつながっていく。

 そして長編『ハーモニー』を発表。

 日本SF対象と、フィリップ・K・ディック記念賞の特別賞を受賞。ディック賞はアメリカの賞で、英訳版が受賞した。

・『ハーモニー』の内容

 全世界規模の大騒乱のあとに、生きる政府と書いて、《生府》と呼ばれる統治機構が人間を支配している。WatchMeと呼ばれる健康を監視する装置を埋め込んで、調和を志向する健康志向の社会になっている。

 そしてそれが行き過ぎて、ついには「意識」がない状態こそが、調和の世界になるという結論になる。意識がなくても生きている人間というのが、想定されている。この文章自体もetmlという感情を示す記号を用いて書かれていて、「意識」消失後の人類が読んでいる設定になっている。

 意識が不用かもしれないという発想は、脳科学から来ている。人類が理想としていた「調和」の社会のために、意識がなくなるというアイロニーを描いている。この世界がディストピアなのか、ユートピアなのかは、解釈が分かれる。

 そして、2009年に肺癌で亡くなられた。

 残した長編は、この三作のみ。遺稿である「屍者の帝国」を円城塔が書き継いで、2012年に発表し、これも話題になる。

 

 ワトスンやカラマーゾフら、小説の登場人物たちが二次創作的に登場するスチームパンク。ゾンビが、労働力として使われている。これもまた、意識の問題がテーマ。相互作用やコンフリクトが意識を発生させるという説を採用している(だから、ウイルスやコンピュータネットワークにも意識はできるかもしれない)。意識は主体の座ではなく、脳が自動的に判断したことの結果起こる余剰のようなものでしかないという脳科学の説。

 そして、死人を利用する資本主義の話である。これが、自身の「死」の物語をどう利用されるか理解し、それを用いてプロジェクトを用いた、伊藤計劃という作家の壮絶なところ。感情や感動、物語に冷淡な目を向けていた。二次創作的な模倣が「感動」を生み出すことを理解して冷めていた。でも、自身の死という、物語ではない、絶対性の高いものを、そういう物語として利用した。そしてその「死」の物語を消費する人をあざ笑うかのようないたずらを仕組んだ。

 その結果、伊藤計劃を用いたビジネスもまた、伊藤計劃の仕掛けたいたずらの延長のようになった。この皮肉な仕掛けこそが、伊藤計劃という作家の最大のプロジェクト。

 伊藤計劃作品のすごいところは、売れたところ。文庫で数十万部売れたはず。日本SFとしては異例。SFプロパーだけではなく、それ以外の人にも読まれた。それが日本SFの新しい展開にとっては重要だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー以上転載ーー

http://d.hatena.ne.jp/naoya_fujita/20140323/1395596751

今日のお弁当

雨が降りそうなぁ。

どんよりな朝

こんな日は起きれない。

今日のお弁当

豚肉のしょうが焼き(旦那さま)

パプリカのきんぴら

人参のしりしり

ちくきゅう

さくらでんぶ入りたまご焼き

ほうれん草のお浸し

かますの味噌焼き(あたし)

忘れてたぁ。

きゅうりとキャベツの酢の物

お弁当を詰めた後で・・・。

冷蔵庫の中に入ってたぁ。

せっかく作ったのにぃ。